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2006-11-09

クロトーネの偶然

 アドリア海に沿って、カラーブリア州を北上する列車の車窓は、カタンザーロ・リド駅を境にして大きく変わる。
 それまで見えていた険しい山々が姿を消し、なだらかな平原が広がるようになる。その一方で、人家はまるで見えなくなり、茫漠とした荒れ野を列車は進んでいくのである。
 そんな車窓が何十分も続き、こんな先に町があるのかと心配になったころ、列車はクロトーネ(Crotone)の駅に到着した。

 クロトーネの駅から中心地までは、かなり離れていることは知っていた。でも、県庁所在地なんだから、駅前にホテルの1軒くらいあるだろうと甘く見ていたのが大間違い。重い荷物を抱えて途方に暮れてしまった。
 まだ時間が早ければ、市内バスを待つところだが、すでに午後4時。日は傾きはじめていた。明るいうちに夕方の散歩をしておきたかった。
 そこで、1台だけ止まっていたタクシーに乗り込み、「どこかいいホテルに連れていって」と頼む。
「3つ星と5つ星があるけど、どっちがいい」と運転手。
 間髪を入れず、「3つ星」と私は答えた。

クロトーネの旧市街にて

 実は、クロトーネには先達がいた。南イタリア道楽仲間であるその御方は、この町をいたく気に入ったようであることが、ブログ記事 からもうかがえる。「ぬるい感じの古きよきイタリア」なのだという。
「でも、車は頻繁に通っているし、建物もごく普通だしなあ。本当におもしろい町なのだろうか」
 そんな私がクロトーネの本当の魔力に気がつくには、あと2時間ほど必要であった。

「さあ着いたよ、ここだ」と運転手が言う。
 見上げると、「Hotel Concordia」という表示。どこかで聞いたことがあるような……と思いながらフロントのある2階に上がると、ホテルのフロントよりも、バールのテーブルでポーカーをしているほうが似合いそうな親父が出てきた。
 大きな黒ぶち眼鏡に哲学者然とした風貌。それに加えて下着姿としか思えないいでたちが、何やら不可思議な風情をかもしだしていた。

 話がついてここに泊まることに決めると、彼は何やらファイルを取り出す。
 そこには、このホテルについた書かれた古い雑誌のコピーがあった。
「ほら、このホテルの昔の写真だ。……も泊まったと書いてあるだろう」。
「……」に当たるイタリア語の発音を何度も聞き直した末、それがイギリスの作家ギッシングであることが判明した。
 そう、たまたまタクシーの運転手に連れてこられたこのホテルこそ、「南イタリア周遊記」の著者であるギッシングが泊まり、そして南イタリア道楽のikeさんが泊まった記念すべきホテルだったのだ。

 フロントの親父は、ロビーにあった真新しいパソコンにDVDをセットして言う。
「これはRai(イタリア国営テレビ)の番組を録画したものだ。全国ネットの放送だよ。ローカル番組じゃないぞ。これを見ればクロトーネのことがよくわかる。このホテルも登場するぞよ」
--いや、おじさん。それよりも、日が暮れないうちに実際の町を見に行きたいんだけど。
 と言いたかったが、それが許されるような雰囲気ではなかった。結局、20分近くもパソコンの前に座らされて、DVDを見るハメになったのである。

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コメント

クラシックな部屋に、あのCD+MDラジカセは不思議な取り合わせでした。
確かに自動販売機も、ずいぶん年季の入っている様子ですよね。
自動販売機の使い方の説明に際して、私の1ユーロ硬貨を供出させられました……まあ、遅かれ早かれミネラルウォーターは必要になるのですが。
そうそう、Raiの番組をDVDにコピーしてお土産にくれました。まだ見ていませんが。

この親父さん、電気製品を買うのが好きみたいですね。
私の場合は、部屋にあったピカピカのCD+MDラジカセのセットを強く薦められました。旅行者は普通CDなんて持ち歩かないし、旅先で音楽を聴こうというのなら、i-podか何かでしょうに。
フロントにあった自動販売機も、この親父さん(もしかしたら先代?)の電気製品好きのなせるわざかとお見受けしました。

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