アルタムーラでパンを買うまで
「あの、パンがおいしい、なんとかいう“村”はどこだっけ」
「アルタムーラ(Altamura)ですよ、お義母さん。村じゃなくてムーラ」
この会話を、旅行中に少なくとも5回はしたと思う。
アルタムーラはマテーラの北にある町で、電車で所要30分弱。まだ私が行ったことのない町なので、マテーラで2泊している間に訪問しようと企んだわけである。
でも、行ってみて、「地味でおもしろくない町だ」と言われるといけないので、「パンがおいしい町」というキャッチフレーズでツアー参加者……じゃなくて、同行者の興味を引きつけようとしたわけである。
実際、アルタムーラには古くからのパン屋があり、そのあたりの情報は、日本を出る前にプーリア事情に詳しく、人三倍くらい食いしん坊のP師範から仕入れていた。
だが、その作戦が効きすぎたか、同行者たちは異様にパンに執着するようになってしまったのであった……。
アルタムーラに到着したのは午後3時過ぎ。もちろん、旧市街の中にはほとんど人がいない。
私としては、町を囲む高い城壁を見て、なるほど「アルタムーラ=高い城壁」だと感心し、入り組んだ路地を歩いて満足していた。
しかし、同行者たちがそれで済むわけがない。
「ここまで来たら、やっぱりアルタムーラのパンを買って帰らなくては」
「帰るまで4日もあるのに」とか「かさばって重いのに」といった説得は、この人たちには通用しない。パンのことを強調しすぎたかと反省しつつ、15世紀にできたという、路地裏のこぢんまりとしたパン工場の前で私たちは午後の開店を待つことにした。
たまたま、工場から出てきた白衣を来た婦人に尋ねると、1時間か1時間半には「到着する」ので、パンが買えるという。そのことばを信じて、私たちは交代で町の散歩をしながら待つことにした。
周辺には、これまでかいだことのない、パンのいい香りがたちこめ、食欲をそそる。
北イタリアから来た、品のいい数人の中年男女の旅行者も小さな広場で、いまかいまかと「到着」を待っていた。
工場の人は、待っている私たちのために、焼きたてのビスケットを持ってきてくれたり、義母のために椅子を用意してくれたりと、実に親切である。
「それにしても、『到着する』というからには、どこか別のところで焼いているのかなあ?」と話し合う私と妻。ここが工場のはずなのに……と不思議に思ったが、その真相はまもなく明らかになった。
工場の人が入れ代わり、立ち代わり出てきては、「もう出たらしい」「すぐに到着するはずだ」という情報に、私たちは一喜一憂。最初の予定よりも、1時間以上が過ぎていた。
「そば屋の出前じゃあるまいし」と、いいかげん、うんざりしてきたころである。
とうとうその瞬間がやってきた。
「ほら、来た!」
工場の男性の声がすると同時に、路地にある小さな広場に車が止まり、なかから30代とおぼしき男性が降りてきた。
荷台から大きなパンを下ろすのかと思いきや、彼は工場横にあるドアの前に直行し、鍵を開けた。そこは、パン屋の売店であった。
店の中を覗くと、すでに各種のパンやピッツァなど、さまざまな商品が並んでいるではないか。
「はて? これはどういうことか?」
待ちくたびれた日本人と北イタリア人は、ややあってから事情を飲み込むことができた。
そう、我々がずっと「到着」を待っていたのは、売店のあんちゃんだったのである。店の鍵を持っている彼が来ない限り、午後の営業が始まらないということらしい。
焼き上がりに手間がかかっているのかと思いきや、このあんちゃんが、普通のイタリア人以上に長い昼休みをとっていただけの話なのであった。
工場の人たちの笑顔には、「やっぱり、今日も遅くなったか」と書かれていた。
まあ、なんにしても、その日の朝焼いたというパンを無事に買うことができて喜んだ私たちである。
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