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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2006-07-25

大塚坂下町・愛国党通り

 坂道も好きなのだが、町の中にある階段にも引かれる。
 とくに、周囲から隠れるように、ひそやかに存在する階段だとなおいい。
 実は、大塚坂下町にも、そんな階段があった。

物干し

 今回の散歩は、新大塚で終わることなく、さらに春日通りを大塚三丁目の交差点(旧・大塚仲町)に向かって歩いていった。
 この春日通りの右側は斜面になっており、そこに階段がある。そして、その階段を下ると、そこは旧・大塚坂下町だ。
 旧町名は、春日通りに並行して走る道の名に、坂下通りとして残っている。

坂下通りの商店

 この付近は戦争で焼け残ったために、いまでも木造の古い家が点在しており、道の広さ、カーブの具合とあいまって、散歩心をいたく刺激する。
 30年ほど前に来たときには、もっと古めかしい町並みが続いていたっけ。
 そのとき、池袋側に向かっていく途中で、通りの左側にある立派な木造の建物が目に入った。そこに掛かっていた「大日本愛国党」という看板を見てびっくり。次回はカメラを持ってこようと思っていたがかなわず、次に来たときには、木造の建物は立体駐車場に変わっていた。

坂下通り

 当時文京区に住んでいた友人は、坂下通りのことを愛国党通りと呼んでいたけれど、この通り沿いに住む人がそう呼んでいるのかどうかは知らない。

 この日は、もう夕方で写真を撮るのはぎりぎりだったので、結局愛国党のあたりまでは足を伸ばすことなく、不忍通りに抜けて帰って来てしまった。
 それでも、散歩心はかなり刺激された。もう一度カメラを持って散歩に来なくては。タクシーの抜け道として使われるだけでは、もったいない通りである。

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