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2006年1月の9件の記事

2006-01-30

山岳都市を走る車

 イタリアの山岳都市を巡っていて驚くのは、人がようやくすれ違うような狭い道--しかも歩いているだけで息が切れるような急坂を、車がずんずんと走っていくことである。

ニコーテラにて

 狭い道を通る技術といえば、日本のドライバーの技術もなかなかだと思うが、イタリアの旧市街に住む人も大変なものである。
 そんな様子を写真に撮ろうとしたのだが、実際に写っているのを見ると、まだまだ道幅に余裕のあるものばかり。
 そりゃそうだ。ほんとうに道幅ぎりぎりのときは、こちらもよけるのに精一杯で、写真を撮るどころではないからだ。

ティリオーロにて

 一番驚いたのは、今回の旅ではないが、数年前にマテーラに行ったときのこと。
 夜中に旧市街を歩いていたら、狭い道を、後ろからクラクションを鳴らしながら私たちを抜いていく車がある。

「ああ、さっきのレストランにいた人たちだ。それにしても、この道の先には階段しかないはずだけど……」
 同じ方向に歩いていったが、どこにも車の姿は見えない。
 まさか、車が階段を上って行ったのか!
 それとも、忽然と神隠しにあったのか!

 で、階段をよーく見ると……左右のタイヤが乗る幅だけ、コンクリートを盛って斜面になっているではないか。
 彼らはこうして、何十メートルも続く階段を、毎日器用に登っていくらしい。

2006-01-28

時刻表が売り切れ!?

 レッジョ・カラーブリアに到着したのが11月18日深夜。
 翌日、さっそく鉄道の時刻表を買おうと、妻とともに駅の売店に向かった。
 ちなみにイタリアでは、時刻表は本屋には置かれていない。
 駅や街角にある雑誌売場か売店(キオスコ)でないと買えないのである。

メーリト・ポルト・サルヴォ駅

「時刻表ちょうだいな!」
「売り切れだよ!」
「え? なんで」
「12月11日にダイヤ改正があるから、そのときに新しいのが出るよ」

 出るよって、それまでに使う時刻表がほしいのに……。駅の案内所に行っても「12月11日まで待て」という。
 町中の売店で聞いても、「ダイヤ改正までない」という。
 私は一気に腰の力が抜けてしまった。

 気まぐれな旅がモットーの私である。時刻表がなくて、どうやって旅行をすればいいのか。
 鉄道にはあまり興味のない妻も、「ダイヤ改正まで、みんなどうするのかしらねえ」と不思議がっている。

 もっとも、これまで何度もイタリアには来たが、いまだかつて時刻表を持って旅行しているイタリア人は見たことがない。
 その代わり、大きな駅の案内所には、目的地までの列車と時刻を尋ねる人で、いつも行列ができているのだ。
 つまり、イタリア人は自分の目的地にまっすぐ着けば十分なのだろう。
 時刻表がないために、私がどれだけ心細い思いをしているのか、彼らには想像がつかないに違いない。

 さて、前にも書いたように、その日は思い立ってシチリアに渡り、タオルミーナに行った日である。
 念のため、シチリアの玄関口メッシーナの売店で尋ねたが、やはり同じ答えが返ってくるだけ。
 時刻表が手元にないもんだから、列車にも乗り遅れ、バスでタオルミーナに着いたのは午後のかなり遅くなってからであった。

タオルミーナ=ジャルディーニ駅

--こりゃ、先が思いやられるなあ、と思いながら、丘の上にあるタオルミーナの円形劇場を眺め、メインストリートを歩いていたときである。
 1軒のこぎれいな雑誌屋を見つけた。私の脳味噌は、一瞬のうちに次のことを考えた。
--この店ならば、古い時刻表が売れ残っているかもしれない。なぜならば、丘の下には駅があるため、時刻表の需要もあり、ほどほどの数を仕入れているからだ。かつ、この観光地では鉄道の利用者はそれほど多くないから、売れ行きはよくないはずである。

 案の定、2冊売れ残っていた。
「12月10日までの古いやつだけどいいのかい」
「はい、はい、はい」
 私は、胸のつかえと肩の荷が、同時に降りたような気がした。

「この店にはあると直感したんだよね」
 自慢げに私は妻に言った。
「よかったね。何軒も当たってみるもんだね」と彼女。
 喜んではくれたが、どうも私の直感の素晴らしさは認めてくれなかったようであった。

2006-01-27

バールは最良の情報源

 イタリアに行くと、いつも1日に数回はバールに行くことになる。
 コーヒー(もちろんエスプレッソ)が飲みたいときはもちろん、トイレに入りたいとき、水を買いたいとき、バールはなくてはならない存在である。
 それに加えて、今回はホテル情報を仕入れるのに役立った。

レッジョ・カラーブリアのバール

 イタリアのガイドブックにすら載っていない町で泊まるには、やはり地元の情報は役に立つものである。
 周囲の人たちが、ああじゃない、こうじゃないと考えてくれるのは、なんともうれしいものだ。

 ところで、コーヒー(もちろんエスプレッソ)の値段は、やはり南のほうが安かった。
 去年、フィレンツェの市内では、1杯1ユーロなんていう店があった。
 席について飲むと倍以上になるので、へたをすると日本の喫茶店より高くなってしまう。

 だが、南はだいたいが60チェンテージミ(0.6ユーロ)。日本円で80円くらいか。
 これならば、情報提供料も含めて妥当な線……いやかなり割安か。

 それにしても、イタリアに行くと、どんな小さな町にも必ずバールがあるのには、いつもながら感心する。
 毎日毎日、来る日も来る日も、同じような顔ぶれの親父たちが、同じような時間に顔を合わせて、同じような話をしている(たぶん)んだろうなあ。

2006-01-25

南イタリアの路線バス

 南イタリアのディープな旅を終えて、すでに1か月半。
 さすがにイタリアぼけも治ってきたところで、写真を中心にしてもう一度振り返ってみたい。

 メッシーナ市内

 路線バスの旅のいいところは、バスが市街の中心に分け入っていくということ。
 丘上都市が多い南イタリアでは、鉄道の駅はふもとに置かれていることが多く、列車の旅ではなかなか町の雰囲気を味わうことができないのだ。
 また、観光バスだと、途中の都市ではバイパスを通ることが多いために、旧市街に入ることがない……らしい。乗ったことがないからわからないけど。

 その点、路線バスは律儀に旧市街をめぐっていくので、それだけでも旅心が刺激されるというわけだ。
 気に入った町に目星をつけて、後日訪問するということもできる。
 一般車より視点が高いというのも大きなポイントだ。

 上の写真は、メッシーナからタオルミーナに向かったときの写真。
 メッシーナ市内の渋滞には辟易したが、ピエトロ・ジェルミ監督(「鉄道員」の監督・主演)に似た運転手の冷静な運転が心に残った。

 総じて南イタリアの路線バスの運転手は、味わいのある人が多い。
 なかには、終始、客や同僚としゃべりまくっていたり、対向車に悪態をついたり、あるいは急に歌を歌いだしたりという人も少なくない。

行く手にタオルミーナの山が見えてきた

 まあ、客と話すのはいいけど(「運転手に話しかけないで」というプレートが張ってはあるが……)、運転中に話相手の顔を見るのだけはやめてほしい。
 なるべく前方を見ながら話す努力はしているようだが、どうしてもたまには相手の顔を見ないと気が済まないらしい。
 山道でそれをやられると、最前列に座っている私は、ちょっぴりヒヤリとする。

 下の写真も同じバス。
 マルテンポ(天候不順)のため、激しい雨が降ったりやんだりしたが、最前列の大きな窓から見た風景は、それはそれでまた格別であった。

2006-01-24

『京都・滋賀 かくれ里を行く』

 新しいコーナーを作ってみました。
 ただでさえ冬は出かける機会が少なくなる上に、今年の寒さは尋常じゃないので、なかなか「旅ブログ」が更新できない。

 そこで思いついたのが、気に入った本を紹介するコーナー。
 手持ちの本を紹介するというのは、頭の中身を見透かされることにつながるので、極めて危険だとも思ったが、まあいいか。
 見透かされて困ることもないしね……。

『京都・滋賀 かくれ里を行く』

 というわけで記念すべき第1回は、きょう買ったばかりの本。
 実は、すでに昨年の秋に近くの書店で目をつけていたのだが、買う決心がつかないうちに店頭から消滅。
 題名もわからないのでネットで注文することもできず、新宿の紀伊国屋で見つけてきたのである。

 文字通り、京都と滋賀の小さな里、約40か所を写真と文で紹介したムック。
 たぶん、日本人の多くが心を奪われるに違いない里山の風景が満載である。

 とはいえ、安っぽいガイド本とは、まるで違うところがいい。
 執筆陣は博物館の学芸員、大学教授、役所の文化財担当者など、その道の一人者だから、読みごたえがあるのだ。
 ちょっと辛気臭いと感じる人もいるかもしれないけれど、現地で自分の目で見ればわかることなど、書いてあってもしかたがないからね。
 その点、歴史的な背景や知られざるエピソードは、にわか旅人にはうかがい知れないものなので、読んでいてワクワクしてくる。
 この春は、琵琶湖周辺の散策で決まりかな……などと早くも影響される私であった。

(発行:淡交社、定価:1800円+税、初版発行:2005年3月9日、ISBN4-473-02094-0) 

2006-01-22

雪の六義園

 東京にもとうとう雪が降り、わが家のベランダの向こうに広がる六義園も雪化粧。

雪の六義園

 葉に積もった雪は、昨晩のうちにかなり溶けてしまったようで、雪景色としては昨日の昼間のほうが迫力があったなあ。

2006-01-18

大阪・阿倍野銀座

 月曜日は、仕事で大阪に日帰り。
 梅田での仕事は午後3時ごろに終わり、同行の人たちはあわただしく東京に戻っていった。
 私は、急いで帰る必要もないので、最終近くの新幹線まで大阪の町をぶらつくことにした。
 行き先は天王寺駅。まずは、駅の南側にある阿倍野銀座に向かった。

阿倍野銀座

 この雑然とした雰囲気は、東京でも下町生まれの私にとっては居心地がいい。
 だが、ここでもやはり、「再開発」というやつが進められているのだ。

 周囲にはショッピングセンターという名のバカでかいビルや、高層住宅が建ち並び、阿倍野銀座はその谷間でようやく息をしているように見える。

 おととし来たときにくらべても、西側の店がいくつか閉店したようだ。
 「阿倍野温泉」も移転済。

 それでも、まだまだ飲み屋は明るいうちから賑わっているようで何よりである。

グリルマルヨシ

 知る人ぞ知る(らしい)路地裏のカウンター式フランス料理屋「グリルマルヨシ」は、前回来たときは定休日であったが、今回は営業中。
 店の外からこっそり中を覗くことかできた。
 残念ながら食事には中途半端な時間だったが、次回はぜひチャレンジしてみたい。

 さて、たいして長くない阿倍野銀座を往復したあとは、路面電車である阪堺電軌の上町線に乗車。
 私を待っていたのは、いまでは少なくなった古い型の電車であった。

 クラシックな車内に懐かしさを感じながら住吉公園まで乗り通したら、もう日はとっぷりと暮れてしまっていた。
 上町線の沿線は、思いのほかフォトジェニック。近く再訪して、じっくりと写真を撮らねば。

「大阪人」2月号

 住吉では、書店で「大阪人」なる月刊誌を購入。
 偶然にも、最新号は「住吉観光」という特集だった。

 阪堺電軌から、町並み・建築、上方落語などを取りまぜた記事は、どれも興味深い。
 上方落語の林家染丸師匠と江戸落語の古今亭志ん朝師匠が、「住吉踊り」「かっぽれ」を通じて交流があったという話もおもしろかった。
 レイアウトも今風で読みやすいのだ。

 江戸っ子としては残念だが、老人の説教臭さが感じられる「東京人」よりも、ずっとイキのいい感じがしたなあ。

2006-01-13

中央線・国立駅

 水、木曜日と、仕事で続けて国立に行く用事があった。
 行く先は北口だったのだが、せっかくだから仕事が終わってから、いま話題になっている南口の駅舎にいってみた。

060113

 ここに来たのは十何年ぶりだろうか。とんがり屋根の駅舎を久しぶりに拝むことができた。
 立川までの複々線工事のために、この駅舎を取り壊すとか保存しろといった問題が起きているのは、新聞でもよく取り上げられている。
 また、国立駅南側の地区に、最近になって「風致地区」にそぐわない、高い建物や派手な色の建物が建ってというのも話題になっている。

 しかし、である。
 北側の地区はそんな規制はないんだろうなあ。北口の向かいに、こんな大きなマンションが建っていた。
 武蔵野の面影を残す土地に、ぽつんととんがり屋根の駅舎があったように記憶しているが、ずいぶん印象が変わったものである。

 駅前の古本屋で、「スリランカの悪魔祓い」(上田紀行、徳間書店)を購入。おもしろい! またスリランカに行きたくなった。

2006-01-03

富士見町に初詣

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 さて、イタリアから帰りしより、ぼんやりと過ごしてきた私でありますが、年も変わり、ようやく活動をはじめんとしています。

「明けましておめでとう」
 柄にもなくかしこまって妻に言うと、間髪を入れずに返ってきた。
「お年玉ちょうだい」
 ああ、この頭の回転と図々しさが別の分野で発揮されていれば、もっといい仕事ができただろうに……。

富士見町・ラグタイム

 さて、2日はその妻と千代田区富士見町にあるカフェ・ラグタイムに初詣。
 私より1歳年上のマスターの、ありがたき"後光"を拝む。

 とくに、ここ2、3年、後光に磨きがかかったようで、ありがたさもひとしおである。
 ちなみに、この店では、毎週木・金にジャズライブをやっているのだが、私がホームページでそのスケジュールを掲載している関係上、マスターはときに感謝の念を示してくれる。
 私はその後光を拝みながら、「今年は、ぜひ形あるもので感謝を示してほしい」と願うことにした。

 実は、この店が元旦、2日と開いているのは、近くにある東京大神宮への初詣客をあて込んでのこと。
 私たちとしては、ラグタイム初詣で用件は済んでいるのだが、ついでに東京大神宮にも詣でることにした。

 午前中は何百メートルもの列ができていたというが、いやはや、寒いのにご苦労様である。

東京大神宮

 私たちが訪れたときは、もう5時をまわっていたためか、行列は50メートルほどになっていた。
 
 妻は、「ご縁があるように」とかなんとかいって、5円を賽銭箱に投げていた。
 いまさら、何のご縁を求めているのだろうか。

 私は自営業でもあるし、こちとら江戸っ子である。5円なんてケチなことは言わない。
 奮発して大枚100円玉を賽銭箱に放り込んだ。

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