ポリカストレッロからサン・ソスティへの道、そしてネコの受難
サン・ドナート・ディ・ニネーアのふもとを通る帰りのバスまでは5時間もある。だが、町にはレストランなどなく、バールでさえ1軒見つけただけであった。
これでは、時間をつぶせないというわけで、結局、山を下り、ポリカストレッロ(Policastrello)を経由して、サン・ソスティ(San Sosti)まで、バスの通る道15キロを歩くことに決めたのである。
先日のログーディ以来、歩くのが快感になり、いくらでも歩き続けられるような気分になってきた。マラソンのランナーズ・ハイというのも、こんなものであろうか。
もっとも、この道は、ほとんどが下り坂だということがわかっていた。
車は、たまに通るだけなので、それほど危険ではない。人には、まったくすれ違うことがなかった。もしかすると、夏のシーズンならば、物好きなイタリア人かドイツ人が歩いているかもしれないが。
ポリカストレッロは、サン・ドナートから数キロの地点にある町。町のてっぺんにはノルマンの城砦が残されている。
この町の名前は、周囲のフィルモ、ルングロ、アックァフォルモーザなどと同じくアルバニア語に由来しているらしく、アルバニア系の文化が色濃く残っている……らしい。
そんな目で見ると、町はずれの礼拝堂の外観も不思議であった。
また、その前に3本の十字架が立っているのだが、中央の十字架には藁人形のキリストらしきものがかかっていた。ちょっと珍しい光景である。
さて、事件が起きたのは、ポリカストレッロの町をあとにして、遠くにサン・ソスティの町が見えてきたころである。歩きはじめてから4時間ほどたっていた。
私が眼下に広がる雄大な景色を楽しみながら歩いていると、視野の端に何か道を横切るものがあった。
そして、その直後、「ボン」という音が耳に入ったのである。
見ると、私がやってきた方向に、小さな赤いフィアットの車が猛スピードで走り去っていく。そして、音がしたあたりで、1匹のネコが道路上をのたうちまわっていた。
外傷はないようだったが、やがて動きは小さくなっていった。見た目にもう助からないことがわかった。
--どうしよう。
そのまま放っておこうとも思ったが、道の真ん中でそのままにおいたら、次々と車に轢かれてしまうことだろう。それでは、いくらなんでもかわいそうだ。
意を決して、ほとんど動かなくなったネコを拾い上げた。白にグレーの交じった色で、毛並みがいいので飼い猫かもしれない。当たり前だが、まだ温かかった。
そこではじめてわかったのだが、道端には農家が1軒ある。そして、その家の前庭にはネコが3匹ほど、ちょこんと座ってこちらを眺めているのだ。
このネコも、この家の飼い猫なのだろう。そっと敷地の入口近くに置いて、そのままサン・ソスティに向かって歩きだした私である。
だが、どうもすっきりしない。20メートルほど歩いて引き返した。
金属製の家のドアを叩いて、「ブォン・ジョルノ!」。これを2回繰り返したら、家の中から声がしてドアが開いた。
出てきたのは、20歳前後と思われる、きゃしゃな感じで利発そうな女性であった。
「あ、あの、いま私の目の前で、お宅のネコちゃんが、道を横切ろうとして、ええと、ええと、そこ車がヒューと来てドンと……ええと」
車に跳ねられるという単語を知らない私である。ジェスチャーを交えて必死に語った。
「ネコちゃんは死んでしまいました」
「あら!」
びっくりした様子で言って、彼女は周囲を見回した。
「あ、ここにいるわ。この子がうちのネコなの」
さっき、前庭にちょこんと座っていたうちの1匹であった。なぜか、ほかの2匹は、このときどこかにいなくなっていた。
「はあ、そうですか。お宅のネコちゃんだと思って」
ほっとしたような、しかし割り切れないような気分ではある。
「水を1杯いかが」
よほど暑苦しそうにしていたのか、彼女はにっこり笑って水を勧めてくれた。
「いただきます」
間髪を入れず、私は答えた。
水を飲みながら、「いやあ、サン・ドナートからずっと歩いてきちゃって」などと、聞かれもしないことをしゃべり、「サン・ソスティの中心部まではどのくらいですか」と質問をする私。
「10分くらいでいけるわよ。もう1杯いかが」
「いえいえ、もう結構。ありがとうございます。それでは」
まだ、ほかにも何かくれそうなことを言っていたが、よく聞き取れなかったので断った私である。
……これが、私の目の前で起きた「ひき逃げ事件」の一部始終である。
家の前に置かれたネコの遺骸はそのままである。野良仕事から帰った家族は、さぞかしびっくりしたであろう。
私としては、そのあたりに穴を掘って埋めてやり、念仏の1つでも唱えてやりたかったが、なにしろここは異教の地である。ここの人のやり方にまかせるしかない。
さて、まもなくたどり着いたサン・ソスティは、レストランもあり、バールも何軒かあり、旧市街と新市街とがある比較的大きな町だった。
そして、帰りのバスに乗り込み、私は「ほおっ」とため息をついて、一路カストロヴィッラリに向かう……はずであった。
だが、神と仏は、私にさらに試練を与えたもうたのである。
「ネコちゃんにいいことをした」と浮かれている私に対する、大きな戒めであったに違いない。
さまざまないきさつがあり、帰りのバスには乗りはぐれてしまったのだ。
山間の小さな町で凍える私にもたらされたのは、南方数十キロにある大都市コセンツァに行くバスの便があるという情報。
--コセンツァに出れば、カストロヴィッラリ行きの都市間高速バスが夜まであるだろう。
こうして、直線距離で30キロほどの帰り道を、わざわざ100キロ以上かけて帰って来たのである。
この爆笑冒険旅行の顛末は、またいずれ機会があったらお伝えしたい。
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せぴあさん、こんばんは。私も勿論、覚えていますよ。
パソコン通信って今のインターネットとは違った繋がりの強さってありましたよね。
nifty時代の知り合いって宝物だと思います。伊組に限らず。
そんなniftyもパソコン通信は閉鎖となってしまい、時代の流れとは言え、寂しいものを感じます。
また、私のHP、ブログへも遊びに来て下さいね。
駄菓子さん。人のブログで勝手にレス付けて」すんません。
投稿: アトムズ | 2005-12-22 22:09
せぴあさん、こんにちは!
もちろん覚えいますよ、ごぶさたしています。
当時のニフティの伊組の人たちも、それぞれホームページやブログを作ってやっている人が多いようです。
リンクをたどって探してみてください。
それでは、またお待ちしています。
投稿: 駄菓子 | 2005-12-19 13:53
駄菓子さん!
それからアトムズさん!
お久しぶり、せぴあです。憶えていらっしゃるかな~。仕事したくなくて、どこか行きたくて、あちこちさまよっていたらここを見つけてしまいました。イタリアの全てから遠ざかって久しいのですが、懐かしいお名前に出会って今ちょっと興奮してます。ちゃんとしたコメントは、また今度ね。
投稿: せぴあ | 2005-12-17 17:59
ikeさん、こんばんは
往復切符を買っても、結局片道切符になってしまったり……。
それにしても不思議でしょう。この礼拝堂。
しかも、小さな町なのに、ここにたどり着くには、広場にある家の下のトンネルをくぐるか、別の広場の家の裏を通っていかなくてはならないんです。
私は、たまたま広場にあった簡易な地図を目にして、2度のチャレンジで行くことができました。
でも、よく考えると、わざと隠された場所にこしらえられたのかも。
投稿: 駄菓子 | 2005-12-10 23:07
アトムズさん、こんばんは
まだまだネコの写真は撮ってありますので、そのうち発表したいと思っています。
また、「いまどき」と驚かれるかもしれませんが、私は車の免許というものをもっていないのです。
理由はいろいろあるのですが。
車があれば便利かもしれませんが、もとより「効率」は度外視した旅ですし……。
むしろ、路線バスを使った旅こそが、ほかの人にできない自分だけの旅の形だと思っています。
投稿: 駄菓子 | 2005-12-10 23:02
駄菓子さん、こんにちは。
こちらには初めてコメントさせていただきます。
いつもながら、片道切符の連続のような、素晴らしい旅程ですね。
それに、礼拝堂のかたち、藁人形と、どうでもいいかも知れないけれど、かなり気になってしまうものの発見!
ほんと、最高の旅です。
追伸
先日、猫が死んでしまったことを題材にした歌がテレビで流れていまして、不覚にも涙してしまいました。
投稿: ike | 2005-12-09 15:48
駄菓子さん。猫好きの私は涙なくしては読めない描写でした。徐々に動かなくなって行くんですよね。
猫って可哀想に良く言われない。情を掛けたら返って憑かれると言われたり、
かと言ってほっておくと呪われると言われたり…。
でも、私も友達が跳ねた猫を一緒に焼き場まで運んで火葬してあげました。
情を掛けた人間に悪いことなどしないと信じています。
爆笑冒険旅行、是非、早くアップして下さいね。
ところで、駄菓子さんはイタリアでは運転されないのですか?
とても、公共交通機関で行くには大変そうな街ばかり訪ねていらっしゃるので、
車は威力を発揮すると思うのですが…。
投稿: アトムズ | 2005-12-09 11:51