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2005-12-03

悲しい廃墟・ログーディ

 歩きはじめて数分。ロッカフォルテの町はずれにくると、木々の間から、はるか眼下にログーディが見えてくる地点があった。
 その上の方には、ログーディ・コリーア(Roghudi Choria/現地ではゴリーアGhoriaと表記されていた)と呼ばれている町が見える。こちらには、ある程度まとまった人が住んでいるらしい。

対岸から見たログーディ

 直線距離にして1キロもないだろう。だが、急カーブを延々と降り、広々とした川原をΩを逆さまにした形で大きく回り込むので、6.5キロという道のりとなってしまうのである。
 道が大きく回り込んでいる理由は、反対側に出てわかった。岸、いや山肌が大きく削られているのである。この土砂が流れ込んだことが、ログーディの水害の原因の1つだったに違いない。

 行きと帰り合わせて約3時間ちょっと。結局、この区間で車とすれ違うことはなかった。あちこちで道が崩壊しているし、落石もある。晴れていてもぱらぱらと細かい石の落ちる音が聞こえるのだから、雨の日の通行は、車も人もやめたほうがいいかと思う。

 ログーディに通じる道は、もう1つ、ボーヴァ(Bova)を越えてくるものだが、これはかなりの山道らしく、車の運転に自信がある人向けのようだ。

 ログーディはもちろんのこと廃墟であった。だが、近くにある同じ廃墟の町ペンテダッティロ(Pentedattilo)とくらべると、放棄された時期が近いため、崩れた家の壁から見える煉瓦も新しい。なかには、家を作っている最中といっても通じそうなものもあった。
 町なかはどこも道が細く、人がすれ違うのもやっとだっただろう。細い道をたどっていくと、だんだんと高度が下がり、川に向かっていくような印象である。とはいえ、低いところでも水面から100メートルはありそうだ。冬期には増水するらしいが、どれほどの水害がやってきたものか。

 こうして、廃墟の町で一人しみじみと憂愁にひたっていたのだが、どこからともなく動物の臭いがしてきた。マトンの臭いだ。
 なんだろうと思っていたら、犬が3匹吠えかかってきたのでびっくり。よく見ると、空き地で羊が放牧されているいのだ。3匹の犬は、その牧羊犬であった。
 
ログーディへの道

 実は、来る途中、ログーディから200メートルほどの道の上に、小型のフィアットが3台停まっていたのを見た。
 それぞれの車には50代と見える男性が乗っているのだが、水を汲みにいった人以外は、何もない崖の上の道でぼんやりしているだけ。すれ違いざまに、あいさつはしたのだが、気になっていた。

 そして、ログーディから帰り道にも、まだ1台の車が停まっていた。何をしているのか不思議だったが、その男性の周囲にまとわりついている犬を見てわかった。さっき吠えかけた3匹の牧羊犬である。
 そう、彼らは羊飼いなのである。そういえば、あちこちの急斜面で、羊の首についた鈴のなる音がしていたっけ。羊飼いだって、いまどきは車で移動するのだ。
 そう思っていたら、谷に響くような口笛が、はるか斜面の上から聞こえてきた。

 帰りに、思い切って男性に尋ねてみた。
「この町が放棄されたのはいつなんですか」
「69年だよ」
「水害なんですよね」
「うん」
「川の水は、どのくらい高く……えーと、上がったんですか」
「ここは海抜500メートル以上あるんだけど、水面がそれを越えたんだ」
「この町が全部? 水の中に?」
 ただでさえ物静かなその男性は、とくに悲しげな表情をして、憂いを帯びた声で言った。
「そう、全部水につかったんだよ」
 この話には、さすがの私も一瞬声を失った。「マンマミーア」と2回、小さな声で合いの手を入れるしかなかった。
 もっと私のイタリア語の会話力があれば、そして体力が消耗していなければ、興味深い話が聞けたのにと思うと、いまさらながら残念である。

「この町が全部水につかるなんて……信じられない! えーと、64年でしたっけ」
「69年だよ」
「あ、失礼」

ログーディの近景

 一瞬の間をおいて、私は続けた。
「あの、もう1つ質問があるんですが」
「どうぞ」
「このあたりは、まだギリシャ語が話されているって本当ですか?」
 すると、それまで固かった彼の表情が、ほんの少しやわらいだように見えた。
「そう、古代ギリシャ語だよ。ちょうど、この村で話されているんだ。あんたは何か知ってる?」
「ギリシャ語? いやあ……うん、1つだけ知ってますよ。現代ギリシャ語だけど、『カリメーラ』。ブォン・ジョルノですよね」
「そうそう」
 そのあとで説明があったのだが、ちょっとわからなかった。カリメロスだったか、ちょっと形が違っているようにも聞こえた。

 こうなると、人が住んでいるログーディ・コリーアに行く時間がなかったのが残念である。激しい急斜面をいくら登っても町が見えないので、バスの時間が心配になって、途中で引き返してきたのである。
「ありがとう。ブォン・ジョルノ!」
 彼は、にっこりしてあいさつをかえしてくれた。
「ブォン・ジョルノ!」

 また、宿題ができてしまった。次に来ることがあれば、そのときまで古代ギリシャ語は話されているのだろうか。
 ちなみに、ロッカフォルテではすでにギリシャ語は話されていないとのことだった。

 帰りのバスは、メーリトに着くまでにほぼ満員となった。
 客は、ほとんどが知り合いらしく、客が乗ってくるたびにあいさつが交わされる。ミンモと呼ばれている運転手は、乗客全員にタブレットのガムを配ってくれた。
 途中、停留所も家もない山道で突然停車して、変だなあたと思ったら、小さな女の子がおしっこをするためだった。

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コメント

せっかくしみじみした話を書いたつもりなのに、そこに反応するか (^^;;
おばさんでも、バスの床に仰向けになって、手足をバタバタさせ、「おしっこするんだー」と大声をあげれば停めてくれるかも。

ふーん。
小さな女の子なら、停車してくれるのか…
大きなオバサンじゃあ、駄目だな(笑)

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