雨のジェラーチェで出会った人びと
30日は朝から雨。
この日は、町めぐりよりも、2人(3人?)のイタリア人との素敵な出会いのほうが印象に残った日であった。
一人は、ロークリのタクシーの運転手。
年は70ちょっと前といったところ。学校の先生のような風貌で、ハンチング帽は必ずしも似合っていないが、いい男。外国人である私に、わかりやすく、しかもきれいな発音のイタリア語で話してくれた。
彼のお世話になったのは、ロークリ17時30分発、ジェラーチェ行きの最終バスに乗り遅れたからである。
この日は、朝から濃い雲が垂れ込め、これまでのような「晴れ時々雨」「雨時々晴れ」といった陽性の雨とは違っていた。
こんな日にジェラーチェに籠もっているのもつまらないと思い、昼前にバスで山を降り、ロークリのすぐ北にあるRoccella ionica(ロッチェッラ・イオーニカ)、Gioiosa ionica(ジョイオーザ・イオーニカ)を訪ねたのである。
この地域の海岸沿いは、比較的大きな町が続いているために、列車もバスも朝夕はそれぞれ20分おきくらいに頻繁に運転している。だから、1本早い列車で帰っていればよかった。
しかし、バスの発車の6分前にロークリに到着する列車に乗ったところ、なんと10分遅れ。いくらなんでも、接続待ちをしているだろうと期待していたら、暗くなった駅前には見慣れたマイクロバスの姿はなかったのである。
このときの心細さをなんとたとえよう。
茫然として、私は駅前のバールによろめき飛び込んだ。
「あ、あの、タクシーはどうやって呼べばよいのでございますか。ジェラーチェに行くバスに乗り遅れちゃって」
バールのおねえさんが、すべてを察したように、メモを探して紙に電話番号を書き出そうとした、そのとき。
「あら、ここに運転手がいるわ」
さっきから、店の中で親父軍団約10人がおしゃべりに余念がなかったが、その中の一人がさきほどの教育者風の運転手だったというわけだ。
「そうか、バスが待ってくれなかったのか。遅れるのはいい。でも、早く出るのはいけない」
実に、含蓄のあるお言葉である。
「ほら、ジェラーチェの灯がきれいだろう。……オレはもう50年もタクシーの運転手をやっているんだよ」
「ここ、ロークリで?」
「そう」
「じゃあ、ずいぶんこの町も変わったでしょう」
一呼吸置いて、「ああ、まるで変わった」と彼は答えた。
ジェラーチェまでの道はカーブが多く、夜だったためかずいぶん遠く感じられた。ヴィーボ・ヴァレンティアで乗ったタクシーが、下の駅から20ユーロだったので、それと同じくらいは請求されると覚悟していた。
車のフロントドアにはタクシーの許可証らしきものが張ってあったが、田舎のタクシーのつねとしてメーターがついていないのである。
「いくら」
すると、彼は両手を広げたあとで、指を1本立てた。
「は?」
「11ユーロだ。本当は12ユーロだけど、友だち価格だから。わかる?」
道中、いかにカラーブリアの町巡りをしたのか、熱っぽく語ったのがよかったらしい。10ユーロそこそこなら、こんど大荷物を持って来たときは、彼の世話になろうと思った私であった。次に来たときも、まだまだタクシーの運転手をやっていてほしい。
さて、印象に残ったもう1人は、ジェラーチェの頂上付近でパブをやっている若いお兄さん。
上品で、親切、物静かで、ちょっとシャイなところは、日本でベルギービール屋の店主をやっている知人を思い出させた。
そして、店自体も、イタリア南部にはまれな、ウィスキーや各国のビールを飲ませる、小さいけれどしゃれたパブなのである。
実は、前日の昼にもここに来て、私は生ビールを飲んで軽食をとっていた。
ここで飲んだ生ビールはイタリアで最高であった。同じ酸味でも、これまでの生ビールは酸化しきったひどい味だったが、ここの生ビールは、ビールそのもののほのかな酸味を感じさせてくれた。
しかも、居心地がいい。レトロな木の内装で、日本人に受けそうな感じである。
午前1時ごろまでやっていると前日に聞き及んでいたので、午後10時に来店。まずベルギービールのレフのキュベを注文。
屋根裏部屋もどきの2階のテーブルに行くと、場違いな60ほどの恰幅のいい親父が鎮座してサッカーを見ていた。
「ここは気に入ったかい」
「ええ、とっても雰囲気がいいし、彼は親切だし……」
すると、おじさんはうれしそうに言った。
「オレの息子なんだよ」
さらにもう一言。
「あんた、きのう大きな荷物を抱えて、ホテルに行く道をオレに尋ねただろう」
そう、田舎町に行くと日本人は目立つから、イタリア人は私のことをよく覚えている。だが、こちらにしては、あいさつされても、さっき会った人なのか、いま初めて会ったのかわらなくて、しばしば困るのだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。あとは、テレビのインテルミラノ-パルマ戦を見ながら、いろいろと話した。
シーズン中はオープンしているという地下の小さなレストランも見せてくれた。
ぜひ、ジェラーチェに行ったら、頂上の城砦前にあるパブに立ち寄っていただきたい。昼間も休まずにやっている。
山の頂上の夜は、もう静まり返っていた。晩飯に赤ワインを500cc飲んでいた私は、さらに8%のベルギービールを飲んだ上、アイリッシュウィスキーを注文。
クリスマスの飾りつけが濡れた道を照らすなか、千鳥足で4つ星ホテルに戻っていったのである。
もちろん、当日も宿泊者は私一人であった。
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そうそう、やっぱり人のほうが印象が強いですね。
このとき会った人は、みんな物静かで、いわゆるステレオタイプのイタリア人とは違うところが印象深かったかなと思っています。
うーん、自分で書いたのを読むと、やっぱり飲み過ぎかな?
外国で酔っぱらって暗い道を帰るなんて、よい子はまねしないようにねっ!
投稿: 駄菓子 | 2005-12-07 14:12
イタリアには素晴らしい名所旧跡、クラシックなインテリアのホテル、お洒落なブティックなどがいっぱいあったのに、何故か覚えているのは人間の事ばかり。そこいらに個性豊かな面白い人がいっぱいいますよね。私も忘れ難いタクシードライバーが2人います。
その次は食べ物かな。今度行く時にはいろんなお酒にも挑戦するつもりでいますけどね。でも、駄菓子兄、ちょっと飲み過ぎとちゃいますかぁ?
投稿: こも | 2005-12-05 23:26