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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2005-11-13

バリ島同時爆弾テロ、そのとき

 10月1日夜にバリ島で起きた同時爆弾テロ--2か月ぶりに再開するブログで、まずこの話題に触れなくてはならない。
 ブログの更新が止まっていたのは、ひとえに仕事が忙しかったからなのだが、その間にわが身辺ではこんな出来事もあったのだ。

 昨年12月、ダイビング好きの妻は、タイのカオラックであわや大津波に巻き込まれるところであった。その顛末は、ブログでも書いた通り。
 その妻が、こんどはマンボウを見に行ったバリ島で、あわや同時爆発テロに巻き込まれるところであった。

地元の寺院のお祭り

 ニュースでもご存じの通り、爆発は繁華街のクタ地区と海沿いのジンバラン地区でほぼ同時に起きたという。
 何よりも、不幸にも亡くなった日本人男性の方、数多くの現地の方、そして旅行中だった各国の方の冥福をお祈りしたい。

 前回は、私が津波を知る前に、旅行社から無事を知らせる電話があった。
 だが、今回は私が先にニュースでテロを知ることになる。だが、旅行社からはいっこうに連絡が入らない。
 そのうちに、妻の大津波仲間であるM嬢からメールが届いた。
「バリに行くって言ってたけど、いまさらクタになんか泊まっていないよね」と。
 私は、旅程表(今回はちゃんと置いていった)を確認して返事を出した。
「まさに、そのクタに泊まっているようで……」

 その日、私は仕事の締切りが迫っていたので(この2か月ほどは、締切りが迫っていない日はなかったのだが)徹夜仕事を余儀なくされていた。
 さすがの私も、かなり心配になり、原稿入力とネットのニュース巡回を繰り返しながら、夜明けを迎えることになる。
 一時は、日本人の女性が巻き込まれたという情報も入り、少しあせった。

ガムラン音楽の楽団
 
 朝になって床に入った直後、枕元に置いておいた電話の子機が鳴り、本人から無事を知らせる声が届いた。

「ほんとはさー、ダイビングショップのオーナーが、ジンバランにあるレストランに連れていってくれるはずだったんだけどね、『仕事が入ったから明日にしよう』っていうことになったんだ」

 まさしく、そこで爆弾が炸裂したのである。

「で、しょうがないからクタの町を友だちと歩いていてさー、『ああ、ここで何年前かにテロがあったんだよねー』って話をしていたわけ。でも、クタの町は大きいから、テロがあったなんてわからなかったよ。ホテルに帰ってきたら、旅行社の人から電話があって、『大丈夫ですか』って言うから、『何かあったんですか』と尋ねちゃった」

 ああ、天下泰平のわが妻である。
 こんど、いっしょに海外旅行するのが心配になってきた。

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コメント

いやいや、二度あることは三度あるというので、せいぜい私が巻き込まれないことを祈るのみです。
あの日は、春日局のお寺をかすって、路地を入っていきましたっけ。
して、「化柱」の件とは? すみません、寡聞にして存じあげませんでした。
鉄門のあたりに秘密が……? 落第横丁や森川食堂とは関係……ないですね。

「ああ、天下泰平のわが君」ご無事でなによりでござんした。あっしなんか、察するところ先生のわが君は、強運の持ち主とお見受けいたしました。いっしょに海外旅行行っても心配いりませんぜ、旦那~。
アレ、秋口に春日局の近くに出没されておられたのですね。先日、あっしも「化柱」の件で鉄門近くを嗅ぎ回っておりました。与太郎

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