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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』(私家版)
  • 『日本懐かし駅舎大全』(辰巳出版)
  • 『鉄道黄金時代 1970s──ディスカバージャパン・メモリーズ』(日経BP社)
  • 『国鉄風景の30年―写真で比べる昭和と今』(技報堂出版)
  • 『全国フシギ乗り物ツアー』(山海堂)

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2005-11-26

海辺の崖上に広がるピッツォの町

 23日は、昼前からバスと列車を乗り継いで、トロペーアの南にあるニコーテラ(Nicotera)という丘上都市を訪ねる予定であった。
 が……ここで大小のハプニングが連続する。

 駅前に行くはずの市内バスがいつまでたっても来ず、駅から離れた(徒歩で約数分)停留所 にしか停まらないピッツォ(Pizzo)行きのバスに乗らざるを得なくなったのは許そう。イタリアではよくあることだから。
 停留所にいたおばさんに、「前もって切符を買っておいたほうがいい」と言われて買った切符が、実は別のバス会社のものだったので、車内で買い直さなくてはならなくなったのも許そう。おばさんも親切心で言ったのだし、せいぜい150円くらいだから。

ピッツォの町の遠景

 しかしである。「駅に近い停留所に来たら知らせる」と言っていた運転手が、それを忘れていたのを普通の人は許せるだろうか……。

 いやにバスは軽快に走っていたが、途中からどうも行き過ぎているような気がしていた。
 やがて、運転手が頭を抱えたのを見て、私はいやな予感がした。
 ややあって、広い道のところでバスが停車。運転手は私を呼んでこう言った。
「反対側に来る次のバスに乗れば駅前に行く」

 まあ、怒る気にもなれなかった。どうもハプニング慣れをしてしまって、「またか」と思っただけである。
 さすがにマズいと思ったのか、私が場所を間違えないように「道を渡って、そうそこだよ」と指示をする運転手。ちゃんと私が反対側のバス停に着いたのを確かめると、バスを発車させた。
 そのバスは目の前で広い道を左折し、狭い急坂を海に向かって降りて行った。
 道端には、その先にピッツォ(Pizzo)の町があることを示す標識が立っている。

ピッツォの広場

 その場所で5分ほど待ったがバスは来ない。まあ、どうせ時間はたっぷりある。夜までにヴィーボ・ヴァレンティアの宿に着けばいいのである。
 そこで、せっかくだからピッツォの町に行ってみようと思い立った。

 そして、バスが降りて行った道をたどり、急坂を数分降りたところで、突然、目の前に素晴らしい光景が飛び込んできたのである。
 真っ青な海に張り出した町の姿は、20年ほど前に訪ねたことのあるユーゴスラヴィア(現クロアチア)のドブロブニクをちょっと地味にした感じ。

 狭い車道を避けて階段を降りていくと、その両側にはこぎれいな家が並んでいるかと思うと、いきなり目の前に小さな教会が見えてくる。
 坂を降りきったところには長方形に近い広場があり、周囲にはバールや教会が建ち並んでいる。

,ピッツォの小さな漁港

 さらに降りるとこんどは旧市街が広がる。そこを降りきると小さな港。途中の道にはネコ。そして港から見上げると崖の上に広がる家並みが見える。
 こんなにフォトジェニックで素晴らしい町が、手持ちのイタリアのガイドブックでも意外なほど小さな扱いであった。

 観光客は、自転車でやってきたイタリア人らしきカップル。そして、切り売りのピッツァを同じ店で食べたドイツ人夫婦だけであった。たぶんトロペーアに泊まっていて、足を伸ばしてやってきたのだろう。
 確かに、のんびりするならトロペーアにいたほうがいいかもしれないが、多少の刺激を求めるならばピッツォに来たほうがいいだろう。

 ピッツォの南西側の海岸には砂浜があり、夏場はそれなりに人で賑わっているようだ。イタリア鉄道のローカル線(トロペーアのある路線)ピッツォ駅は、その南端にあった。

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