又兵衛とレトロの熱海
空白は1か月近くになってしまった。
この間、ハードスケジュールと花粉症に悩まされ、3月下旬には10年に一度というひどい風邪を発症。高熱、咳、鼻水、そして激しい腹痛を経て、ようやく治りつつある今日このごろである。
そこで今回は、風邪引きの直前に訪ねた熱海の話である。
熱海には行ったが、お宮の松も見ず、秘宝館を尋ねたわけでもなく、湯につかったわけでもない。ただ、MOA美術館で開かれている展覧会「義経伝説 浄瑠璃物語 -華麗なる又兵衛絵巻の世界-」を見んがためである。
又兵衛とは、岩佐又兵衛のこと。幼児のとき、織田信長に家族郎党を殺害されつつも、かろうじて助け出され、のちに絵描きとして名をあげた人物である。
詳しくは、辻惟雄『奇想の系譜』を読んでいただきたい。現在、ちくま学芸文庫に収録されている。
又兵衛は浮世絵の原型をつくった一人とも言われているらしいが、一般の人間にまで脚光を浴びたのはごく最近のことである。つまり、私もそこで初めて知ったわけなのだが、その絵を見て仰天した。
野卑でリアルで生々しくて、しかも緻密。葛飾北斎も個性的であるが、それとはまた別の強い個性である……とまあ、能書きは専門家に任せることにして、その又兵衛の描いた「浄瑠璃物語絵巻」をいざ見んと、私は東京駅からグリーン車(ただし在来線の普通列車)で熱海に向かったのである。
熱海駅の改札を出ると、展覧会のポスターがお出迎え。熱海はもう又兵衛一色であった……というのはウソ。
MOA美術館は、熱海のバス乗り場1番から20分おきに発車。山道を上り、数分ほどで着く。
それにしてもこの美術館に来るたびに、どれだけ金がかかっているのかと圧倒される。さすがは宗教法人である。
まあ、それはともかく、又兵衛の絵巻物はグリーン券を奮発した(ただし在来線の普通列車)甲斐があったというものだ。
実は、浄瑠璃物語自体が、「浄瑠璃」の語源になっているだけあって、すさまじい筋立てなのだと知った。
義経が笛を吹いて浄瑠璃姫に言い寄るという、純な恋愛物かと思いきや、途中から化け物は出るわ、義経が生き返るわという奇想天外な展開。しまいには、浄瑠璃姫の死因がその母親にあると知って、義経が彼女を簀巻きにしてしまう。
そして、又兵衛はその物語を、実に偏執狂的なまでに丹念に絵巻物に描いていくのだ。しかも、義経は下ぶくれているけど美男子じゃないし(それどころか、目つきがちょっと危ない)、浄瑠璃姫もちっとも美人じゃない。
でも、この上なく生き生きと、圧倒的な存在感で迫ってくるのである。浮世絵の原型というより、私は現代のヘタウマ(あるいはヘタヘタ)マンガ家を連想してしまったほどだ。
絵を見て興奮したなんて、久し振りのことである。もしかしたら、翌日に熱を出したのは、又兵衛のせいだったのかもしれない。
ちなみに、展覧会は4月19日まで開催されている。
さて、美術鑑賞のあとは、せっかくなので熱海市内に散歩に出ることにした。
熱海には、数年前に海岸の花火大会に来たくらいで、町なかを歩いたことはない。何十年も前に温泉に来たことがあるかもしれないが、少なくとも昼間に町を歩いた記憶はない。
まあ、あまり期待しないで歩いたのだが、意外や意外。お得感のある町であった。
なにしろ、レトロなのである。レトロという安易な言葉で片づけていいかどうかはわからないが、少なくともいまとなっては中途半端に古くさい町である。1970年代の匂いが、町の至るところで感じられた。すでに、あまたの地方都市では消毒されて消えてしまった匂いだ。
だが、そんなレトロさを地元の人が誰も気づいていないのがポイントである。
無理やり古い建物を観光化しようとすることもなく、わざわざ電柱を地中化することもなく(まあ震災対策には地中化したほうが安全だろうが)、お節介な散歩コース地図もほとんど見当たらない。
ただただ、普段着の姿の町を、ぶらぶらとさまようことができるのだ。
うれしいのは、その中途半端にレトロな町で、商店街もなんとか生きていて、地元の人びとが行き交っている点。そして、路線バスが10分おきに走っていることだ。そのバスにも客がずいぶん乗っていた。
団体目当てだった温泉ホテルが次々につぶれているが、ぜひとも散歩フリークを対象にして、うまいメシを食わせる小さな温泉宿でもつくってほしいものである。
小田原から熱海まで、早川、根府川、真鶴、湯河原と、じっくり探せばまだまだ面白みのありそうな町が続いているので、意外にうけるかもしれない……わけないか。
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確かに、熱海とか越後湯沢あたりでは日帰りがメインですよね。
でも、日帰り温泉って、自分でもやることがあるけれど、ちょっと寂しいですね。
やっぱり、温泉に入って、飲んだくれて、ふかふかのふとんでぐっすり眠りたい。
投稿: 駄菓子 | 2005-04-12 14:39
熱海も日帰りの感覚の観光地になってしまいましたね。知り合いの温泉旅館で小さいけれど、料理がとてもおいしく、あのおいしゅうございますの料理記者の人がほめてた山木旅館がお勧めです。でも、このご時世泊りがすくないので、料理1本に専念するかもしれないって言ってました。日帰り温泉ツアーはちまたでは盛況らしいですね。
投稿: 木の実 | 2005-04-11 23:24