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2005-01-15

大津波遭遇記7 -パスポート戻る-

 翌28日の朝、ダイビングショップの女性ガイドが、妻の泊まっているゲストハウスにやってきて、パスポート、現金などの貴重品を手渡してくれた。
 なんと、朝5時に家を出発。出勤前の時間を利用してカオラックまで取りにいってくれたのだという。
 寝ていたフロントの人を無理やり起こして、停電の暗いなかを懐中電灯で照らしながら、セーフティーボックスを開けてもらったそうだ。
「いくつかのセーフティーボックスは、こじあけられた跡があったんですよ。ちょっと治安が悪くなっているみたいですね。ホテルによっては、部屋に残された旅行者の荷物も、盗難がはじまっているそうです」

クダビーチ近くの道路
クダビーチ近くの道。前日までの突貫工事で通行可能になった

 実は、まだ妻やM嬢の荷物は、すべてが戻ってきたわけではなかった。部屋の机の引き出しにしまっておいたフィルムやカメラ用品などが未回収だったのだ。
 自分たちでそれを取りにいきたいと言うと、ガイドの女性は答えた。
「いや、電気もガスも通っていないし、まだあちこちに遺体が残っている状態なんです。いくのは自由ですが、お勧めしませんねえ」
 こういわれて、さすがの妻とM嬢もあきらめた。

仮パスポート
仮パスポート。領事館で写した写真が貼られている  

 同じグループでも、パスポートや現金をなくした人たちは、午前中にプーケットの日本領事館に出向いていった。

 再発行された仮パスポートは、日本帰国までしか使えないもの。
 実は、当初50部しか用意してなかったそうで、その人たちが行ったときには、すでに40部が発行済だったという。領事館では、大慌てでバンコクから取り寄せることにしたとのこと。
 当初は、これほどの大惨事になっているとは、思っていなかったのだろう。
 また、当面必要な現金として、1人当たり1万5000バーツ(約4万5000円)を貸してくれた。ただし、返済は電信振込でというから、手数料がかなりかかるはずである。
 領事館内では、タイ在住の日本人がボランティアで集まり、おにぎりと味噌汁の焚き出しをしてくれたそうだ。

 一方、パスポートが戻ってきた妻とM嬢は手持ち無沙汰。
「プーケットのセントラルにある『フェスティバル』というデパートに行けば、1日つぶせますよ」
 ダイビングショップの人にアドバイスされて、それに従うことにした。
 帰りの予定は、当初31日だったが、なるべく早い飛行機を旅行代理店が探してくれていた。

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コメント

海外旅行をしていると、大使館や領事館の応対の
ヒドさを訴える話をよく耳にしますよね。
その点、プーケットの領事館は、私が聞いた限り
では、まあまあ仕事をやったのではないかという
印象です (^^;;
仮パスポートの数が少なかったのは、ご愛嬌とい
うことにしておきましょう。

領事館の仮パスポートの数って限られているのですね。マテリアルの問題でしょうけど。
領事館も把握できていない状況だったのですね。

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