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2005-01-13

大津波遭遇記6 -プーケット到着-

 プーケットに到着したのは27日の夕方。
 宿が見つかるまでの間、日本人グループの13人は、ダイビングショップでバナナやケーキを食べながら待機することになった。
 このとき、妻やM嬢をはじめ、大半の人は現金も着替えもない状態。一方、クルーズ船で何日も過ごした人は荷物をもって移動している。
 そこで、みんなで助け合いがはじまり、持っている人と持っていない人の間で、着替えのTシャツや現金を貸しあった。

津波に襲われた土産物屋
プーケットの海岸沿いは、大きな被害を受けていた

 カオラックと違い、プーケットはかなり大きな町である。そのために、地域によって被害の程度に大きな差があったのが印象的だったという。
 海岸沿いはカオラックと同様に、建物の残骸で埋まっていた。とくに、パトンビーチの被害がひどい。入り組んだ湾になっているために、津波が高くなったのだろうか。
 また、ビーチを歩いていて漂ってくるのが、なんとも表現のできない悪臭。妻は、「ここにとどまっていたら伝染病にかかってしまう」と心配になってきたそうだ。

 ところが、町の中心部である内陸部に行くと、どこにも災害の跡がない。
 それどころか、店は通常通りに営業し、道にはたくさんの人が行き交っている。
 津波に襲われたのは、いったいどこの国の出来事だったのかと、一瞬とまどうほどだったという。

空になった1階の部屋
ホテルの1階の部屋は空っぽに  

 宿は夜になって見つかった。カタビーチのゲストハウスである。
 見慣れたスーツケースも届いていた。ダイビングショップのスタッフがカオラックのホテルに戻って、取ってきたくれたらしい。

 だが、肝心の貴重品が届いていない。パスポート、現金、帰りの航空券、携帯電話は、まとめてフロントのセーフティーボックスに預けてあったからだ。
 これがあるとないとでは、これからの手間が大きく違ってくる。
 本来ならば、セーフティーボックスは本人でないと開けられないのだが、一般客がカオラックに戻るのは不可能に近い。
 そこで、ダイビングショップの日本人女性ガイドに鍵を渡し、貴重品を取ってきてもらうように頼むことにしたのである。

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