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2005-01-04

大津波遭遇記2 -海中の激流-

 26日の朝、7時45分にホテルに車が迎えに来る予定だった。だが、実際に現れたのは1時間以上過ぎてから。
 そのため、妻とM嬢が高速艇(スピードボート)でカオラックを出港したのは10時近くになってしまった。スマトラで地震が起きてから、すでに2時間ほどたっていたことになる。
 高速艇に乗り込んだのは、日本人と外国人合わせて約15人ほど。それにガイドの日本人女性2人とタイ人の操縦士である。この船に数十分ほど乗り、沖合にいるクルーズ船に乗り込むという手はずである。二人は、そこで日帰りのダイビングをする予定になっていた。
タイ国軍の船
  海岸に打ち上げられたタイ国軍の船

 ところが、20分ほどして、高速艇の片方のエンジンが止まってしまった。現場で修理をしたが直らない。そこで、彼は決断を迫られた。港に引き返してほかのボートに乗り換えるか、無線で空いているボートを呼ぶかのどちらかである。
 もし、ここで港に戻っていたら、津波にやられてほぼ全員が死んでいたことだろう。だが幸いにも、ほかの会社の高速艇が空いているというので、それを呼ぶことになった。

 呼ばれたボートの操縦士も幸運ならば、呼んだほうも幸運だった。妻があとで伝え聞いた話によれば、彼は客が乗り換えたあとも、すぐに港に戻らずに、その場でエンジンの修理をしていたのだという。
「修理をあきらめて、ふと海岸の方向を見上げたんだ。そうしたら、とんでもない大きな波が押し寄せているのが見えた」
 報道によれば、この付近の海岸に津波が到達したのは、現地時間で午前10時半ごろとのことだった。

カオラックの港 津波で破壊されたダイビングショップの跡  

 妻が津波に遭遇したのは、船を乗り換えた直後だったはずである。
 しかし、沖はほとんど波がなく、“べたなぎ”の状態。誰一人として津波に気がついた人はいなかった。
 もっとも、そのときはすでに海全体が何メートルも盛り上がっていたはずである。

 そのころ、別の船では、すでにダイビングをしていた人がいた。そのうちの一人から、妻が聞いた話を紹介しよう。
「当日は大潮でもともと流れが速かったけれど、いつのまにか流れが変わってきた。
 いきなり水面近くまでもって行かれたかと思うと、30メートルも下に引きずり込まれる。周囲のダイバーも同様で、(深度を管理するために身につけている)コンピューターが、あちこちで(急浮上を警告するため)ピーピー鳴りつづけている。
 海底の砂が巻き上げられているらしく、視界が急に悪くなる。砂とともに自分の吐く泡もぐるぐると巻き上げられているので、まるで洗濯機の中にいるようだった。
 自分がどのあたりを潜っているのかもわからなくなり、必死に浮上しようとしたところ、水面下2メートルのところまできたら、不思議なことに激流がぴたりとやんだ。水面から2メートルの間は穏やかな海のままだった」

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スマトラ地震大津波(2004年)遭遇記」カテゴリの記事

コメント

albero4さん、こんにちは。
イタリアの有名女優って誰でしょうか?
ソフィア・ローレン……なわけないか (^^;;
やっぱり若い人かな。

津波の海面下はやっぱり恐ろしかったけれど、
それでも、海岸で出会うよりは、ましですね。

いやあ、leoさん、妻は会社に行っても「運がよか
ったね、よかったね」と言われているそうですが、
本人は直接怖い目にあったわけではないので、
いまだにピンと来ないんだとか。
精神的打撃どころか、元気いっぱいです。
まあ、この点では私よりも100倍くらい図々しいようです (^^;;

イタリアの有名女優も
ちょうど津波の時間にダイビングしていた
という報道がありました。
海全体は津波の直前
盛り上がっているだけでしょうけれど
水面下は恐ろしい世界になっていたのですね。

奥様のご無事、本当によかったです。
その後奥様は大丈夫ですか?
精神的にもお疲れのことと思います。
上記のダイバーというのは、
まさに津波の時に潜っていた・・・
ということですか??
何だかあの光景をテレビで見る限り、
ご無事だったことが信じられません。


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