2018-07-17

趣深い松江の街並み

例によって、仕事に追われて5月末の中国地方の旅のアップが進まないうちに、7月6日から9日にかけて、記録的な豪雨とそれにともなう災害「平成30年7月豪雨」が起きてしまいました。
前回まで紹介した芸備線も全線ストップして、復旧まで何カ月もかかりそうとのこと。
1日も早い復旧を望むとともに、相変わらずこの記事も牛歩で進めていきます。

新大橋からの大橋川の眺め

さて、新見からは伯備線の特急「やくも」に乗車。
米子に泊まるか松江に泊まるか迷ったのだが、池袋のベルギービール屋で知り合った知人が故郷の松江に帰っていることを思い出し、その日の午後に松江のホテルを予約しておいた。

昨年故郷に帰った知人は、すでに町の飲み屋で知られた存在になっているようで、郷土料理のおいしい「やまいち」と宍道湖が見渡せる素敵なバー「プエンテ」(カフェ・プエンテ)に連れていってくれた。

東本町の街並み 米田酒造

松江の町は、1979年、1988年に続いて3度めの訪問である。
印象に残ったのは、町のすぐそば……というより、町のまんなかに雄大な宍道湖があること。
湖の水は大橋川となって町の中央を横切っていく。

大橋川沿いの家並み

前回は、あまりゆっくりと町歩きする時間がなかったのだが、今回改めて見てみると、大橋川の北側にある東本町の通りには、実に趣のある家々が並んでいる。

大橋川沿いの家並み

「豊の秋」で知られる造り酒屋の米田酒造のような豪壮で風格ある建物がいいのはもちろんだが、昔の木造家屋を補強して飲み屋にしている雰囲気も悪くない。
そして、川沿いには昭和モダニズムともいえる味わい深い建物も見ることができた。

松江大橋と宍道湖


結局、今回も夕方に着いて翌朝に発つという急ぎ足になってしまったが、次回こそは端から端まで、この町を味わいつくしたい。

2018-06-26

中国山地ローカル線乗り歩き 芸備線(4) 備後落合~新見

備後落合駅の中を15分ほどぶらぶらしたのち、14時37分発の芸備線の新見行き列車に乗車。
厳密にいうと、備中神代までは芸備線で、そこから新見までの最後の2駅間は伯備線である。

備後落合から途中の東城までは、なんと1日に3往復しかない。これを逃すと次は6時間後の最終列車。一方、これの前は、8時間前に出る6時台の一番列車である。

備後落合駅

広島からやってきたおばちゃんのグループは木次線に乗り換えた。
逆に、木次線から乗ってきた男性が3、4人、同じ列車に乗り込んできた。
みんな、私と同じく、わざわざこの線に乗りにきましたという人ばかりのようだ。

内名駅

途中駅の付近には集落があるのだが、乗降客はない。

車窓で印象に残ったのは、備後八幡と東城の美しい渓谷である。
最後尾の窓ガラスに張りついて、スマホの動画で撮ってみた。

東城からは本数が2倍に増える……といっても1日6往復。
そして、東城と次の野馳(のち)の間で県境を越えて、広島県から岡山県に入る。
すると、車窓はそれまでとは変わって、開けた盆地を縫って走るようになった。

布原駅

終点の新見駅の1つ手前が、この布原駅。
1970年代の蒸気機関車ブームの際に、D51の三重連で有名だった場所である。
当時は布原信号場だったここを発車すると、トンネルまでの急勾配を、すさまじい迫力で力行した、らしい。
らしい、というのは、残念ながら私は訪れることがなかったからだ。
高校生のときまではあったような気がするが、あまりにも有名になってしまって、へそ曲がりに私は、無理をしてまで来ようとは思わなかったのである。
思い返すと少し惜しい。

新見駅

今では、秘境駅としてのほうが有名になった布原駅は、伯備線の駅でありながら、芸備線直通の列車しか停まらない。つまり、1日6往復しか停車しないわけである。
新見までの道路は、狭い山道しかないようで、この駅を訪問するにはしっかり予定を立てる必要があるだろう。

なんて考えているうちに、列車は定刻の16時に新見に到着。
これで、所要約1時間半の普通列車を、1日3本乗り継いだことになる。
だが、まだこれで終わりではないのだ。

2018-06-21

『日本懐かし駅舎大全』刊行

ここでちょっとコマーシャル(古いフレーズ!)
5月に、こんな本を出しました。
その名も『日本懐かし駅舎大全』! タツミムック「懐かし大全シリーズ」の1冊です。

70年代、80年代の駅の懐かしい写真を紹介しています。
単なる駅舎やホームの写真を集めた本ではなく、駅を行き交う人びと、駅で働く駅員、懐かしい列車・車両、売店などなど、当時の雰囲気や空気感が伝わる写真を紹介しています。
前回のブログ記事で紹介した備後落合駅も出てきます。

日本懐かし駅舎大全
日本懐かし駅舎大全

最初は写真を何枚か提供してキャプションを書くのかなと思って引き受けたところ、なんと著者となって本文もすべて書くことになりました。
写真はなるべくカラーということなので、私の写真だけでは足らずに、4分の1ほどはほかの方の写真を使っています。

そうして、巻末には対談が!
対談の相手は、20年来の知人である「鉄道フォーラム」の伊藤博康代表。
昔の駅の思い出を語り合っているほか、お互いの好きな駅ベスト5を、現役の駅のなかから選んでいます。
そこで備後落合駅を紹介した手前、久しぶりに訪ねてみようと思ったわけです。

昔を懐かしみたい中高年の方々、元気だったころの鉄道の姿を知りたいという若い方々におすすめしたい1冊です!

2018-06-20

中国山地ローカル線乗り歩き 芸備線(3) 備後落合駅

三次から1時間20分、森と渓谷を抜けて、備後落合駅に到着。
1988年に急行「はくと」に乗ったままで見て以来、30年ぶりの訪問である。
いや、あのときはホームに降りて駅のおでんうどんを食べたっけ。

写真の左側が、これまで乗ってきた三次からの列車。
右側が、これから乗る新見行きである。乗り換えになるが、やはり芸備線である。
発車まで10分ほどあるので、駅舎の写真を撮ったり、周辺をぶらぶらしてみた。

備後落合駅

30年前に乗った急行「はくと」は、米子発木次線経由広島行きだった。
夜行の連続で頭がぼーっとしていたので、あまり記憶はないのだが、いやというほど森や林の中を走り続けたあとで、山の中に思いのほか大きな駅があって印象的であった。

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だが、それから30年の月日がたち、駅はすでに無人になっており、ホームにあった売店兼そば屋も姿を消した。
例によって、30年前に撮ったのと同じアングルで撮影してみた。

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やけにすっきりしてしまったのが寂しい。

ちなみに、この駅の名物だった環翠楼の「おでんうどん」は、近くのドライブインで今も食べることができるらしい。
現在、この駅を発着する列車は、芸備線三次方面5本、新見方面3本、木次線3本のみ。
30年前は、現在の3倍ほどの本数があった。さらにさかのぼると、何本もの急行が走り、貨物列車もあり、蒸気機関車のための機関区もあったのだ。町は鉄道関係の人でにぎわっていたとか。
それが今では、まるで秘境駅である。

次の写真は、30年前に乗った急行「はくと」。
その下の写真は、同じアングルからの写真を撮りそこねてしまったが、似たような方向である。

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遠くに停まっているのは木次線の列車。
ちょうど、14時20分過ぎになると、3方向からの列車が集まり、そして接続して次々に発車していくのだ。
もっとも、地元の人でこの路線を使う人は、ほとんどゼロに近く、鉄道マニアかマニアックな観光客だけである。

2018-06-15

中国山地ローカル線乗り歩き 芸備線(2) 三次~備後落合

同じ芸備線ではあるが、三次駅で乗り換え。
三次駅は、このようにディーゼルカーだらけという印象。
ここからは、かなり閑散区間となり、キハ120が単行で走る。

三次駅

塩町までは福山に向かう福塩線と共用になるので、1日に14往復もあるが、そこを過ぎると備後庄原までが8往復、備後落合までは6往復である。

塩町駅

塩町は福塩線の終点だから、そこそこ大きな駅だと思っていたら大間違い。田舎の小駅だった。
30年以上前にここで乗り換えたはずなのだが、すっかり記憶から抜け落ちていた。
現在、福塩線の塩町折り返しの列車はなく、すべて三次へ直通である。そもそも、数は少ないが。

備後庄原~高駅

三次~備後落合の間でもっとも大きな町は備後庄原駅周辺。
その備後庄原駅を過ぎると、もうすべて山の中。ヒバゴンが出てきそうな比婆山の中を進んでいく。
こんな山の中ではあるが、一応庄原市なのだそうだ。

芸備線キハ120の車内

それにしても、キハ120は本当に経済性第一の車両なのだろう。お世辞にも乗り心地がいいとはいえない。
ボックスシートが1両に4つあったほかは、すべてロングシート。これで2時間近く乗っているのはつらい。
しかも、空いたからと思ってボックスシートに座ってみたら、なんとも座り心地が悪くてくつろげなかった。

比婆山~備後落合駅

さて、この写真は比婆山と備後落合の間。
川を渡っているのではなく、線路が川に張り出している箇所である。
ガードレールもなく、ちょっと恐い。
同乗していたおばさんの団体は、スリル満点の風景に大声をあげて喜んでいた。

備後落合駅付近

そして、いい加減、山の中を走るのに飽きたころ、となりに別の線路が寄り添ってくる。木次線である。
三次から1時間20分。広島からだと約3時間。まもなく、山の中のジャンクション備後落合駅に到着だ。

2018-06-09

中国山地ローカル線乗り歩き 芸備線(1) 広島~三次

5月末から6月初めにかけて、久しぶりに中国山地のローカル線に乗る機会を得た。
まずは30年ぶりに乗った芸備線。広島と新見を結ぶ路線だが、すでに全線を直通する列車はなく、3列車に分けて乗車することになった。

最初の列車は、広島駅を11時5分に発車する三次行きである。
しばらく来ないうちに、見違えるようにすっきりしてしまった広島駅に、キハ40系の3両編成がエンジンを響かせて入線してきた。

広島駅

ところで、最近は鉄道の本などを出すようになったものだから、「フタムラさんは、ノリテツなんですかトリテツなんですか」と聞かれることが多い。

そういわれても、適当に乗ったり撮ったりしているわけで、どちらかに肩入れしているわけではない。
ところが、どちらかに分類しないと納得してくれない人が多いようなので、「まあ、乗るのが好きかなあ。車を持っていないから、わざわざ山奥の有名撮影地まで行くこともないし。でも、駅ではバチバチとっていますよ」などどいってお茶を濁している。

上深川(かみみかわ)駅

ただ、いわゆる撮り鉄と呼ばれる人たちは、大きくて重いフルサイズのデジタル一眼レフを持って人が多いようなので、私のようにミラーレスとコンパクトしか持っていない人間は、その範疇には入れてもらえないようである。

上三田駅

とはいえ、大きなカメラでは撮れない写真もある。その一つが、2015年のシベリア鉄道横断で目覚めた車窓の風景写真である。
これは、駅舎やホーム、沿線の雰囲気を、見た印象のまま画像に残そうという試みで(と偉そうにいうほどユニークなものでもないが)、これには機動性の高い小ぶりのカメラがふさわしい。
そんなわけで、今回のローカル線乗り歩きも、車窓風景をメインにして撮ってみたわけだ。

井原市(いばらいち)駅

と、能書きが長くなってしまったが、今回取り上げたのは、芸備線のうちで乗客の多い区間である。
それでも、広島を発車してたいして時間もたたないうちに、車窓には田園風景が広がってくる。

険しい四国山地とは対照的に、比較的穏やかな山並みが続くのは中国山地らしい風景である。

三次駅

山ふところに抱かれた盆地の集落が、次々に現れては消えていく。
そして、ローカル色豊かな駅に停まるたびに、少しずつ乗客が降りていく。
そんなことを繰り返していくうちに、12時51分の定刻に三次駅に到着した。

2018-06-05

郡山の駅前2丁目から大町1丁目

以前から、撮ったままにしていた郡山駅前の写真である。
いわきからの仕事の帰り道、磐越東線を経由してやってきた。

郡山駅西口駅前

私が幼かったころ、東京墨田区にある母の実家に遊びにいくと、郡山の大おばさん(祖母の姉)とときどき顔を合わせたものだった。
母方の先祖は現・田村市船引の奥にあり、大おばさんは結婚して郡山市内に住んでいたのである。

そのころは、いったい郡山という町はどんな遠いところにあるんだろうと思いながら、福島弁の大おばさんの話を聞きながら、お土産の薄皮まんじゅうをほおばっていたものだった。

郡山駅西口駅前

自分で旅行をするようになっても、郡山はまだまだ遠い土地だった。
福島市よりは近いかなという程度の印象である。

それが、東北新幹線が開通してみると、なんと上野から1時間半。都内でうろうろしているうちに経ってしまうくらいの時間である。
年をとった大おばさんではあったが、一時東京に来る頻度も高くなったようだった。

郡山駅西口駅前

とはいえ、私はなかなか郡山で下車する機会もなく、あったとしても三春に滝桜を見にいった帰りに駅で乗り換える程度。
ようやく、まともに駅を降りて町を散歩する機会を得たのは、恥ずかしながら2016年になってからのことである。

郡山駅西口駅前

すでに駅の周辺はすっかり近代化されていて、昔を偲ぶよすがもなかったのが、唯一、昭和を思わせる商店がつ伝ていたのが、西口を降りて大町に向かう界隈である。

……続いていたといっても、櫛の歯が抜けたように、あちこちに更地がある。
ここにも、再開発の波が迫っているのかもしれない。

郡山駅西口駅前

2016年から2018年の春にかけて、3回ほど郡山で降りる機会を得たが、今のところ大きな変化はないようである。
それにしても、大おばさんが生きていたころの郡山はどんな様子だったのだろうか。一度見てみたかった。

2018-02-14

冬の磐越東線の車窓

立春が過ぎて、ほんの少しだけ春が近づいてきたと思われる今日このごろ。
忘れないうちに、冬の復習をしたい。
まずは、仕事帰りに磐越東線に乗ったときの話から。

いわき駅

磐越東線の東端にあたるいわきに泊まり、郡山行きに乗車したのは1月13日のこと。
現在、郡山まで全線直通する列車は1日5本しかない。8時41分の列車を逃すと、次は13時13分になってしまう。
もっとも、郡山に行くだけならば高速バスが走っているので問題はないのだが、高速道路や国道から離れて走る磐越東線の車窓が楽しみなのだ。

江田駅

3つ目の小川郷を出ると、江田、川前と、駅の近くにまばらに人家があるだけで、あとは夏井川の美しい渓谷美が延々と続いていく。
江田駅の近くには背戸峨廊(せとがろう)という見事な渓谷があることを、今から40年以上も前に「秘境の旅」をつづった本で知った。
ずっと行ってみたいと思っているのだが、まだ実現していない。最近は訪れる人も少ないのか、駅前の商店もやっていないようだった。

夏井駅付近

夏井駅には9時18分ごろに到着。対向列車と交換のために2、3分停車したのちに発車。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、冬枯れの景色のなかに大きな木が目に入った。
そのそばを、犬の散歩をしている老婦人が通りすぎていった。

夏井駅

それにしても、かつてはここに蒸気機関車D60が牽引する客車が走っていたのだ。
雑誌では見たことがあるけれど、実際に自分の目で見てみたかった。

同じ鉄路を、今は2両編成のキハ110が走る。この車両は、おとなしい外観にシックな塗装が特徴。
なによりも、走りが軽快なのが気にいっている。

夏井駅付近

次の小野新町(おのにいまち)から郡山までは、比較的人口の多い町を走るので、1日に14本と約3倍の本数となる。
さらに、船引からはかなりの客が乗り込み、車内は超満員となった。

休日だというのに高校生くらいの乗客が多く、しかもみんな私服。
なにがあるのかと思っていたら、彼らの会話が耳に入ってきてわかった。
センター試験の日だったのだ。
選択する科目数によっては、午後からの試験となるようだ。はるか昔となった受験生時代を思い出して、思わず激励してあげたくなった。

郡山駅

そして、郡山には10時20分着。所要時間は約1時間40分だから、意外に早いという印象だ。
離れたホームには、会津若松からやってきた電車が、正面と床下にどっさりと雪を抱えて停まっていた。
その電車に乗りたい衝動をなんとか抑えて、駅の改札を出た。


2018-01-30

私家版『ひたすら眺めていた シベリア鉄道』出来

新しい本ができました! 今回は市販の本ではなく、私家版(自費出版)。
タイトルは、『ひたすら眺めていた シベリア鉄道』!!
サブタイトルは「人生3度目の世界最長路線乗車記」

『ひたすら眺めていた シベリア鉄道』表紙

2015年秋に、人生3度目(以前は1981年、85年)のシベリア鉄道に乗ったときの旅行記です。
日経ビジネスオンラインで「大人のシベリア鉄道横断記」として15回連載したことは、以前のブログ記事でもお知らせしたとおりです。
それをもとに単行本に編集し、プロのデザイナーにきれいにデザインしてもらい、私家版の本としてまとめました。
デザインは新井美樹さんにお願いしました。

表紙・背表紙・裏表紙見本

書店には出回りませんが、売るほどつくりましたので、ご希望の方にお分けします。
A5判(横長、縦書き)無線綴じ(背表紙あり)、158ページ、オールカラー、マットコート紙110kg。
本文だけでも写真を200枚ほど収録しています。自分でいうのもなんですが、かなり豪華。

本文見本1
【本文の見本(見開き)です】


メッセージ、メール、ホームページからのメールなどで送付先の住所をご連絡くだされば、1冊1200円(税込み)+送料180円で郵送いたします。内容を考えると格安です(本人の感想)!
(お聞きした住所はこの本の送付以外には使用しません。また電話番号は必要ありません)

料金は後払いでOKです。(まさかとは思いますが、大量ご購入の場合は先払いでお願いするかもしれません)
送付した本に振込先と連絡先を書いた紙を同封します。
(本の送付は郵便局のスマートレターを利用します)

ホームページからの作者宛メールでご連絡なさる方は、トップページ左列にある「作者宛メール」をクリックしてください。
「二邑亭駄菓子のよろず話」トップページ
あるいは、下のリンクをクリックするとメールソフトが起動します。
メールソフト起動


本文見本2
【章扉(左側)の見本です】


180130e
【30年前の風景との定点比較写真(ハバロフスク、イルクーツク、モスクワ)もあります】

もし、下手でもいいからサインが欲しいなどというご希望がありましたら、ご遠慮なく。
それでは、よろしくお願いいたします。

二村高史(ふたむら・たかし)

2018-01-03

2018年 明けましておめでとうございます!

明けましておめでとうございます。

またまた多忙な日が続き、更新がとどこおってしまってすみません。
今年は心を入れ替えて、無理なく少しずつ書いていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。

イタリア ラツィオ州 ガエータ

写真は、昨年9月に訪れたイタリアのローマとナポリの間にある海岸の町ガエータ(ラツィオ州)です。
そのときの旅の記録も書きたかったのですが、なかなか時間がなくて失礼しました。
ホームページ本館の「イタリア町めぐり」で少しずつ取り上げていきたいと思っています。

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著書

  • 『ひたすら眺めていたシベリア鉄道』